ボスフォラス海峡のクルージングとイスタンブールの歴史を語るアヤソフィア!!No.5

イスタンブールは大都会で、人口は1500万人とも1700万人とも言われています。ボスフォラス海峡によって、ヨーロッパ側とアジア側に分かれています。初日は、アジア側の空港に着いたので、ヨーロッパ側にある旧市街のホテルまで行くのに大変な思いをしました。ボスフォラス、このエキゾチックな響きを持つ海をクルージングしました。

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旧市街から港の方へ降りていくと、エミノヌ港があり、そこから船が次々に色々な目的地に向けて発着しています。ボスフォラスのクルージングは30分毎にあり、最初に声を掛けられたのは、民間がやっている船、それは一人20トルコリラでした。

しばらく歩くと、今度は国がやっている船が!それは半分の10トルコリラ!なんでも知らないと損をします。わたしはすっかり20リラの船に乗るつもりになっていたのですが、トルコ人の友人が別の船で行こうと言ったのです。

乗船時間は1時間半ほど。エミノヌ港から出発して、ボスフォラスに掛かる二つの橋をくぐったあたりで、方向転換して、港に帰ってきます。海峡なのですが、まるでイタリアのコモ湖やマッジョーレ湖観光のように、岸辺には次々に豪華なビッラやホテルが見えてきます。

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それどころか、美しい宮殿や城砦もあって、景色は美しく変化に富んでいて、全く退屈させません。宮殿のほとんどは、ホテルか、政府要人の住居、または軍事関連施設になっているそうです。

クルージングを満喫した後は、前回お話したサバサンドを食べて、その後はアヤソフィアの観光をしました。イスタンブールはみなさん、ご存知の通り、ビザンティン帝国の首都コンスタンチノーブルでした。それを、1453年にオスマントルコ帝国のスルタン、メフメット2世が征服しました。

よっていビザンティン帝国時代は、コンスタンティノーブルの主教会でしたが、焼失、崩落、略奪などの被害を受けてひどい状態だったのを、メフメット2世がイスラム教のモスクに改修しました。トルコ共和国になってからは、カトリックとイスラム、両方の歴史を残す博物館として公開されることになりました。

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イスラム時代は、キリスト教のモザイク画は漆喰で覆われていたそうです。外観と内部の構造もかなり、ブルーモスクに似ています。

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