セヴィリアの有名な観光地トリアナを現地ガイドと歩いた3時間は、地元の人にとっても驚きで一杯!

セヴィリアでは毎週火曜と木曜に決まったバールでInrercambio de las idiomas(言語交換、つまり語学習得を目的とした集まり)が無料で行われていますが、日曜の散策はその一環として、2ユーロを払いましたが、ガイドがトリアナの知られざる逸話や名所を案内してくれました。

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外国人の私たちにとって興味深かったばかりでなく、セヴィリアの人たちにとっても十分興味深かったそうです。ガイドはほとんどがスペイン語で説明したので、わたしは全部は理解できませんでした。

でも多少記憶に残った興味深いトリビアを皆様にもお話したいと思います。まず、トリアナとセヴィリアを結ぶ橋は現在は何本か架かっていますが、昔は川底が柔らかすぎて橋を架けられず、船を12艘くらい一列に並べ、縛り付けてその上を渡ったとのことです。

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トリアナの橋を渡ってすぐのところに、巡礼で有名なサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの巡礼の道の起点を記すタイルがありました。巡礼の道としては、フランスから西方向に行く道が一番有名ですが、実は4本もあり、トリアナからの道もあったのですね。

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イサベラ2世橋のトリアナ側の付け根にあるカスティージョ・ホルヘ(El Castillo de San Jorge de Triana)ですが、城とは名ばかりで以前は博物館があったようですが、内部はマーケットになっています。ガイドの説明でこの城の正体が分かりました。15世紀から18世紀に盛んに行われた悪名高い宗教裁判の場所だったのです。異端審問の結果、有罪と判決を下された罪人には3つの選択肢が与えられました。

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一つは火あぶり、もう一つは首吊り、もう一つは悪臭と気が狂うほどの孤独感に襲われる独房への収監です。3つ目が一番ましに思われるかもしれませんが、独房は低い位置に造ってあったため、グアダルキビール川が増水すると独房内に水が流れ込んで、自然の水攻めで囚人たちは亡くなったのです。なんと恐ろしい歴史でしょうか。今でも、川沿いの道への入り口には、”異端審問横丁”という名前が残っています。

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そして、この”しょんべん小僧”の像のモニュメントには、よく見るとフラメンコの一つのカテゴリーである、ソレアの歌詞が書かれています。ソレアには何種類もあって、トリアナのソレアも有名です。当時の人々はトリアナで生まれ一生をトリアナで過ごし、セヴィリアに行くこともまれで、この写真の歌詞は、セヴィリアに行くと自分は外国人のように感じたと語っています。

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またCalle Alfareria辺りには16,17世紀ごろの昔の民家が残っています。囲いという意味のコラーレスという名称の家で、真ん中に草木のある美しい中庭があり、そこから階段を使って廊下部分に上がると、そこに各家の入り口があります。昔は各家には台所もなく、共同で炊事も行い、家にはほとんど寝るために入るだけだったそうです。ミラノでも同様の古い家を見たことがあります。日本でも江戸時代までは、共同の炊事場がありましたよね。

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このツアーが3時に終わった後、お腹を空かせた私たちはバールでランチをしました。まずはビールと、各自が好きなもの(サンドイッチやタパス)を注文しました。さらに、次のバール、次はカフェとはしごをして帰宅は6時になりました。夕飯を自宅で食べてから、フラメンコギターの夕べを聞きに夜は外出しました。

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この記事へのコメント

まみ
2013年05月29日 13:12
夕焼けの写真が幻想的で美しい!
スペインの宗教裁判て残酷で怖いですね。
いろいろ興味深いことを知れて楽しかったです。
ありがとう。
2013年05月29日 16:10
まみさま、コメントありがとうございます。夕焼けの写真は両方とも、トリアナの橋(イサベラII世橋)です。ヨーロッパの中世は本当に怖い時代だったようですね。宗教裁判、魔女狩りとか。現代に生まれてよかったです。

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