ドロミテ渓谷の素晴らしさを体験した日々!ベネチアの繁栄を支えたゾルド渓谷の鍛冶場!No.4

世界遺産のドロミテ渓谷は日本でも結構知られています。わたしが地元で入っているハイキングクラブの人たちも旅行会社の企画するドロミテのトレッキングツアーに参加して、十日間歩いてきたそうです。天気にも恵まれ、美しい高山植物にも出会い、大満足のツアーだったそうです。わたしは、5泊6日間フォルノ・デ・ゾルドという町のB&Bに泊まりながら、そこから車で30分から1時間くらい移動して行かれる場所を歩きました。

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ドロミテというのは、イタリアの北東部に存在する広大な山岳地帯のことを意味していて、9つの地域に行政上分けられていますが、主にアルト・アディジェ県に属しています。でも、今回私が滞在した、フォルノ・デ・ゾルドという町は、ベネチアがあるベネト県にあります。ドロミテは、独特の岩山の景色で知られているのですが、地域によってその景色も異なります。2千メートルから3千メートル級の山々が何十、何百と連なる様は、すごい迫力で、まさに絶景と言えます。

今回、私たちはミラノから車で約5時間かけて、フォルノ・デ・ゾルドに2時ころ到着しました。ちょうどイタリアでもフェラゴスト(8月15日)といって、日本のお盆のような日があって、その週の始りの土曜日だったので、渋滞にあい、1時間くらい予定より遅くなりました。フォルノ・デ・ゾルドに友人の山の家があるので、住所を頼りに行きました。町のメインストリート沿いに大きな家が建っていました。

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あまりにも立派な家なので、びっくりしました。50代の友人のお祖父さんが、1950年に建てたとのことで、友人は子供のころから、毎年夏も冬(スキー)もここでバカンスを過ごしてきたとのことです。ですから、この付近のことなら良く知っていますし、町には沢山知り合いや親せきがいます。親戚がやっているホテルやレストランもあります。


その日から、5日間は毎朝B&Bから友人宅へ車で行き、彼ら二人が私たちの車に乗り込み、トレッキングや岩登り、または観光にふさわしい場所に行って、1日一緒に過ごし、夜はそれぞれの家でシャワーを浴びてすっきりした後、レストランへ食事に行くというのがパターンでした。

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まず初日は、午後到着したというのもあって、簡単な散歩程度で行かれる山の中の素敵な村へ行きました。コルチェルベールという、お伽話に出てくるような可愛い村だと女性の友人は言っていました。山の中にあるこの村には最盛期には300人近い人々(主に鍛冶職人)が住んでいましたが、時の流れには逆らえず、多くの人々が海外へ移住をしたとのことです。しばらくの間は、この村は廃村でしたが、最近観光地として脚光を浴びるようになりました。


そもそも、このフォルノ・デ・ゾルドという町の名前からして、”ゾルドのかまど”と言う意味で、17、18世紀このあたりがベネチア共和国の一部だったころ、鉄を鋳造して、釘を作っていました。その釘や鉄で、ベネチアは船を建造し、どんどん海運業に乗り出していき、巨万の富を築き、ベネチア共和国として繁栄を誇ったのでした。なんと鉄の鋳造が廃れた後に、盛んになった産業はアイスクリームだそうで、ゾルドのアイスクリームは有名で日本のテレビ局も取材に来たことがあるとのことでした。

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このゾルド谷の昔の家は、木造です。耐水処理をなされた木が使ってあり、何百年も風雪に耐えています。必ず、バルコニーにはお花の鉢が置いてあって、とっても綺麗です。(上の写真は、ふるさとを離れて、異国に旅立つ悲しい移住の民の像。下の写真は、ゾルドのレストランです。レストランの名前は、”鍛冶屋”でした。)


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